第1章 始めに
ワイン・テイスティングを難しく考えていませんか?
発酵開始3日目のミュスカデ


ミュスカデは、地下のコンクリート発酵槽が多い
この段階でも試飲します


ミュスカデにて(1996年8月末)

樽の詰め替え作業
(スーティラージュ)

澱が出てこないか注意深くライトをかざして観察している。
この段階での試飲も重要。


シャトー・シュバルブランにて(1990年5月)

 ワインに興味を持っているほとんどの人は、ワイン・テイスティングという作業に興味があることでしょう。
 ワインをテイスティングし、ワインについて語る姿は、多くの海外小説や、テレビドラマ、映画などの中で主人公を引き立たせるのに最高のシチュエーションを演出しています。また最近は、世界最優秀ソムリエコンクールで日本人の田崎真也氏が優勝したことから、ソムリエによるワイン・テイスティングの姿が様々なメディアによって紹介されています。
 グラスに注がれた液体に対して様々な表現をして語る姿は、端から見てもかなり神秘的な儀式のように見えます。その神秘的な姿がワインの魅力をとても引き立てているのも事実です。
 それでは、ワイン・テイスティングとは、何のために、どの様にして行うものなのでしょうか。何万人に一人、といった特異な味覚や臭覚を持った人だけに可能な技術なのでしょうか。
 僕は、家業である酒類卸売業を継ぐための修行として、3年半国内のビール会社に勤めた後に、1989年から1990年にかけての1年余りを、主にフランスに居住して、ワインを集中して学びました。
 そこではたくさんの人たちとの出会いがあり、多くのことを学びました。
 ヨーロッパ、特にフランスのワイン産業には、ソムリエ、醸造業者(シャトーなど)仲買人、輸出業者(ネゴシアンやクルチェと呼ばれる人々)カーヴィスト(専門小売業者もしくは収集管理者)などなど様々な業界に携わる人々や、ボルドー大学を始めとした様々な研究所で醸造学に携わる人々が活躍しています。もちろんワイン関係の専門書や雑誌があり、それに関わるワインライターの人もたくさんいます。
 それら多くの人々に接してワインを学んで発見したこと、それはその全ての人々の中で共通して最低限持っていなければいけない技術がワイン・テイスティング(仏語で「デギュスタシオン」)である、ということでした。すなわちワイン・テイスティングは、ワインに携わる全ての人々にとって必要欠くべからざる最低技術である、ということです。
 結局ワインといえども飲み物ですから、飲まれて初めて価値が生まれるものだという至極当然なことです。特級だろうと1級だろうと、飲まれたときにそれだけの価値がなければ意味がありません。その価値を判断する技法がワイン・テイスティングなのです。もちろんワインに携わる人の職業や立場によって、ワイン・テイスティングの目的は違いますし、それに従ってテイスティングシートと呼ばれる書式には若干の違いがあります。しかし、そのもっとも根本である基礎的な手法は同じです。そしてみんな真剣ですが楽しんでワイン・テイスティングをやっています。
 基本的な手法を着実に繰り返していけば、真剣にワインに接する人ならばワイン・テイスティングは誰でも修得できる技術です。ワイン・テイスティングはプロの人々にはもちろん必要なものだと思いますが、アマチュアの方にも知っておいておけばワインの面白さが何十倍にも広がる技術だと思います。
 日本に帰国して今再びワインブームが起こっています。ワインに関する本や雑誌も数多く出版され、多くの人がワインを飲むようになりました。ワインを勉強しようとしている人も随分多くなりました。
 しかし、日本で本当のワイン・テイスティングの基礎を修得して活用している人はまだとても少ないように思えます。プロの人々の間でも一部では自己流の手法で自己流の言葉で何となく飲んでいる、というのが実態ではないでしょうか。本場のソムリエや、醸造学者が来日して、ワイン・テイスティングをしている姿に接しても、そこから覚えるのは難しいことでしょう。
 どうもまだ僕たちの国では、ワイン・テイスティングは、崇高な儀式であり、これができるようになるには、厳しい修行を積まなければ行かない、なんて具合じゃないでしょうか。
 ワインは世界中で造られて、その知識を蓄えるのは並大抵のことではありません。知識を蓄えることは大切なことですが、おいしいワインは単純な知識によって価値が出るものではなく、おいしさによって価値が生まれるものです。
 一番大切なことは、ワイン・テイスティングは、決して精神的な修行のようなものではなくて、おいしさを発見し、楽しみを増やすノウハウだということです。今まで偉い大先生たちの言うことを聞かなければ、良いワインを飲むことができないように扱われていましたが、これからは、みんなで楽しんで良いワインの本当の良さを発見していきませんか。
 これを読まれた方が、その技法を修得してその価値判断に役立てることが出来れば、また、ワイン・テイスティングの技法が広まることによってワインの楽しみ方が深まっていくことの一助になることが出来れば僕にとってのこの上ない喜びです。

内池 直人

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