第2章 ワインテイスティングの前に

1 ワインテイスティングは「お宝鑑定」

ワインテイスティング=ブラインド・テイスティング?
 
 一般にワインテイスティングというと多くの人はブラインド・テイスティング(商品名を見せないテイスティング)でそのワインの産地や銘柄を当てることを連想します。ソムリエコンクールにおけるテイスティングがそれに当たります。
 しかし、これはワイン・テイスティングのごく限られた一分野にしか過ぎません。むしろワイン・テイスティングというより、その技術を応用した競技とでもいうべきものです。パリのソムリエ協会でも毎週木曜日に若いソムリエ達のためのワイン・テイスティングの勉強会があります。このときは、平均して10種類くらいのワイン・テイスティングをしますが、ブラインドではなく、ラベルを見て行います。手順はコンクールにおいてテイスティングする手順で行います。つまりここでも決して当てっこをしているわけではない、ということです。現実論として、目の前のワインをテイスティングして世界中のワインの中からどの銘柄でどの年のものかを利き当てる、ということはとても困難です。コンクールにおいてさえ、的中することは多くはないようです。最後の結論よりも、その結論に至った過程の説明を重視しているようです。
 ただし、このブラインド・テイスティングは、ワインテイスティングの技術向上のためには、やはり欠かせないものでしょう。無の状態から目の前にあるワインが何を訴えかけてくるのかを、真摯に受け止め表現をすることはとても大事なことですし、本当の価値観を自分の中で磨いていくことは鍛錬になります。もっともブラインド・テイスティングは、とても神経をすり減らす作業ですので、だいたい1回に5種類程度やるのが限界かもしれません。(しかも正直なところ、そのワインの価格的評価、とか、ぶどう品種すらも当てるのは非常に困難です。ましてや、ブランド名なんてプロでもまず当たりませんからご安心を。)

Vinotheque誌2002年4月号に掲載されたヒュー・ジョンソン(イギリスで最も高名なワイン評論家)のインタービューで、ブラインドテイスティングについて語っていた面白い記事をみつけました。
 「私の友人で、イギリスの有名なワイン評論家がいるが、『ボルドーとブルゴーニュを間違ったことがあるか?』と聞かれて、『今日の昼食以降は、まだ間違えていない』と答えたらしい(大笑)。特に、ブラインド・テイスティングは罠だらけで、これまで何度も恥ずかしい思いをいした。」とのことなので、ご安心を。逆にプロが間違えたからって、あまりバカにしないことです。

ワインテイスティングの本来の目的
 
 それでは、ワインテイスティングの本来の目的は何でしょうか。それは、端的に言って「鑑定」という語が一番適していると思います。つまり、目の前にあるワインが、どの様な性質で、どれだけの価値があって、いつ、どの様に飲まれるべきかを判断するということです。
 その上で判断の補助となるものは、出来るだけ揃えておくのも必要なことでしょう。すなわちそのワインのラベル、基礎資料、造り手の話などです。多くの場合は、それらの情報と目の前にある飲み物がそれにふさわしい価値を持っているか、もしくはその性質を持っているか、というのが価値判断の結論になります。または、このような情報があるけれども、このワインはこんな性格を持っている、これはおそらくそこの土壌のこの部分からくるものだろう、という結論にもなります。
 よくパリなどでおこなわれているテイスティングの会では、シャトーなり、ドメーヌなりのオーナーや醸造責任者が来て、10年分くらいの違うビンテージの同じワインや、所有する何種類かの違う畑のワインを飲み比べたりします。そのときは、テイスティングをしながら、シャトーの人たちがその年や、畑の説明をするのです。僕たちはそこで、まずテイスティングのメモを取り、その説明と目の前のワインの味や香りの由来を検討するのです。
 またボルドーやブルゴーニュに行けば、直接畑や土壌を見ながら貯蔵庫に入って、樽で熟成途中のワインをテイスティングする機会に巡り会えます。ワインが好きな人ならば、誰しも夢見るであろうこのテイスティングは、未熟なワインのテイスティングですから、美味しい、というタイプの物ではありません。ただ、そのワインの持っているヴォリュームであるとか、樽の状態を判断できるので、将来性を予測するのにはとても重要です。将来長命になるか早く飲むべきかを予測させる香りもこのとき確認できます。ボルドー大学の授業で90年6月に訪問したシャトー・ド・フューザルの89年白は樽での熟成途中ながら一同を驚嘆させました。そのような出会いはとても素晴らしい物です。現地を訪れることの重要なことは、このほか、畑の状態を確認することができることです。樹の育ち具合と畑の手入れは、直接見てみなければ、何ともいえません。同じ村や同じ格付けをされていても、ある畑の状態と隣の畑の状態では全然違う、ということがよくあります。そんなことも広い意味での現地訪問のテイスティングの一部といえるでしょう。

シャトー・ド・フューザルの樽熟庫

とてもきれいで試飲室を兼ねている

シャト・ラフィットの樽熟庫

これと別に円形の樽熟庫もある
 愛好家に夢を与える目的でなければ、あまりに詩的な感覚的な表現は好ましくありません。たとえば「金髪の女神が風に揺られて云々」といわれても、ちょっと正確な価値判断は難しいでしょう。言葉は正確に使わなければなりません。フランスでは、仮に「酸っぱい」と表現する場合でもどの語を使うかによってその酸味の性質や、良い酸味か悪い酸味かが規定されます。本来のワイン・テイスティングにあたってはそのように使う言葉を正確に定義付けして表現しなければなりません。
 ワインは酸化しやすい飲み物です。熟成も実は良い状態での酸化といえます。ただ劣悪なコンディションにおかれてしまえば、たとえ、ロマネ・コンティであっても完全に劣化して酸化してしまったら、瓶とラベルの価値しかありません。ビンテージチャートもワインの価値の資料としては重要ですが、全てのワインに当てはまるわけではありません。たとえば、9月10日に収穫が始まって、20日から大雨が降ったとき、15日までに収穫の終わったワイナリーでは、当然雨の影響はありません。ただ、多くのワインの販売価格はその年の相場で決定されるために、そのワイナリーのワインはお買い得になります。このようなことは、ワイン・テイスティングを行うと判断できることになります。
 ワインという飲み物の味とその性格をいかに正確に判断し、記録するか、それがワイン・テイスティングなのです。みんなでワインのお宝鑑定団になりましょう。
 

次の章へ