気が付けば、何度かの海外トレツキングを重ねてジヤイアンツ(8000m峰)を幾座も見てきました。
ここまで来たなら 「14座ある8000m峰を全て我が目で見たい」 と思うようになりました。
残りはマナスル1座です、どうやら目的達成が出来そうになってきました。
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2009年秋、残っていたマナスルを見終えて念願を叶えられました。
さて、次はどんな夢を持って歩こうかな?


    クンジエラブ峠越え
11年秋、越えてみたいと思っていたクンジエラブ峠を越えて来ました。
そして、それは「シルクロード」でもありました。

ウルタル、ラカポシ、デユラン・・・カラコルムの峰を見て満足しました。
 

   トロンパス越え

10年秋、マナススル山群とアンナプルナ山群の間を流れるマルシヤンデイ
渓谷を遡り、トロンパスを越えてきました。

久しぶりに見ず知らずの方達とのトレツキングで、楽しい旅でした。

 マナスル三山を見に

09年秋、「8000m峰14座を見る」という想いに、唯一残っていたマナスルを
見てきました。

最初の8000m峰エベレストから14年、残り1座となった03年の秋から6年
も費やした事になりましたが、満足しています。

 ローツエ南壁BCと 
  アイランド・ピークと
        カラパタール

          1/3〜3/3

07年春、日本有数のヒマラヤニストをリーダーにして、1カ月間のトレツキング
を楽しんで来ました。
3つもの場所を並べたタイトルですが、それぞれに思い出が残る旅となり、幾つ
ものエピソードがありました。
 3度目のエベレスト街道

06年秋、又々エベレスト街道を歩いてきました。
書く事がネタ切れの感じですが、気が向きましたら見て下さい。
 2度目のエベレスト街道

05年秋、しがない稼業の一環で2度目のエベレスト街道を歩いて来ました。
10年ぶりでしたので随分と変わった事もあり、懐かしみながらの旅でした。
 アコンカグアとエル・プロモ
          前編、後編

04年暮れから05年正月にかけて、山歩き屋として最終目的とも云うべき
アコンカグアに登ってきました。
初の7000mに近い高さなので、いろいろと不安も多かったのですが、幸いに
天候にも恵まれて、想像よりは易しく頂に立つ事ができました。

エル・プロモは、事前の高度順応の為に登りました。
 アンナプルナとダウラギリ

03年秋、ハイキング仲間達を誘ってゴラパニ峠へ行ってきました。
此処でアンナプルナとダウラギリを眺望しましたので、8000m峰14座全てを
見ると云う夢の残りは、マナスルのみとなりました。

 カンチBCとジヤヌー北壁
          1/3〜3/3

03年春、ラリグラス咲く東ネパールのグンサコーラを歩きました。
40年来の山仲間4人だけでのヒマラヤトレツキングを楽しみました。
ヒマラヤの山旅も何度かの回数を重ねてきたので、気張る事も無くなり、山奥
の村の人々、子供達との触れ合いを楽しむ余裕のある旅でした。
----しかし、何よりも、あの「ジヤヌー北壁」を見ました!

 チヨモランマ北壁を見る

02年秋、チベツト高地を走り、チヨモランマBCに行ってきました。
エベレスト(チヨモランマ)のBCで雄大な全容を見たい、チベツト高原を走って
みたい、そしてシシヤパンマも見たい・・・・。
出発の日が結婚35年の記念日だそうで(意識はしなかったのですが)、夫婦
でチベツトへ向いました。
 バルトロ氷河を歩く
        前編、後編

01年初秋、K2を見たくてバルトロ氷河に向かいました。
バルトロ氷河を歩きK2をみる、「夢」の一つにしていた事でした。
退職後1年、準備も整い、さあ歩くぞ・・・とカラコルムに向かいました。
そして何の巡り合わせか、米国多発テロ事件で渦中の国になったパキスタン
から、悪運強く無事に戻ってきました。 (2ページになっています)
 雪のキリマンジヤロ

97年暮から98年新年のケニヤ、タンザニア風景です。
「○○と煙は高い所に昇る」とか、カラパタールに登ると次はもう少し高い処へ
・・・となりました。
丁度、結婚30周年でもあり、夫婦でキリマンジヤロに登ろうと云う次第。
日本からでは地球の1/3を回りアフリカまで、物珍しく楽しい旅でした。
 エベレスト街道を行く

95年晩秋のネパールトレツキング点描です。
山歩きをしているならば、やはり一度はエベレストを見たい。(僕の年代では、
チヨモランマでも、サガルマータでもなく、やはりエベレストです) こんな想い
を永年抱きつづけていての、エベレスト街道トレツキングでした。
標高5545M、カラパタールからのエベレストの迫力・・・・・・。