畑氏がデザインを起こした秋川のヤマメ
畑氏がビクのマークのデザインを起こした、ご自身が釣った秋川のヤマメ写真
撮影:畑 定良氏

2007年6月、テンダービクの作者、テンダー商事株式会社(以下テンダー社)、代表取締 畑 定良氏は遂に帰らぬ人となりました。

所謂エサ箱を竹籠に合体し商品化したのはテンダー社のビクが初めてであり、発売は1960年代初め。2000年頃迄の約30余年、多い年で年間300余ロットが生産され、それらにはその証として二尾の魚影とアルファベットの“TENDER”マークの焼き印が押されました。
畑 定良氏の柔軟な発想、創造力、多岐に渡る工業的知識と経験、合理的思考、造形センス、才能から生まれ、日々改善・改良が重ねられ進化してきた有名な渓流釣用竹ビク(竹魚籠・竹魚篭)が、“HATA式テンダービク”です。

私が出会い、師事した畑 定良氏とテンダー社製HATA式テンダービクについてお伝えします。

このビクはマチガイナイ。

今から30年近く前、釣具店の奥、ショーケースの中… 峰渓をわたる風を待ちわびるかのようにそれはありました。

値札を見て目を疑いました。桁間違えか?…と、私は混乱し、足早に店先をあとにしましたが。とはいえあの存在感はタダモノではない…。太く頑丈そうな竹ヒゴや銅釘、杉の木目の風合い。古風な材料ながら、洗練されたモダンさを感じ、その印象は強烈に私の記憶に織り込まれたのです。私とテンダーとの出会いでした。

そして・・・・或る夏の日、世田谷は千歳烏山駅、その製造元『テンダー社』を訪ねます

駅前の雑踏の中、自転車にまたがり、Tシャツに鳥打ち帽という出で立ちで畑 定良氏は現れました。

師曰く、『君がこれからもずーと渓流釣りを続けていくのなら、このビクはマチガイナイ。

私の竹ビク(竹魚籠・竹魚篭)に対するイメージと価値観はテンダービクとの出会いで一変することとなったのです。

  

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キューロクはよかったなあ。

9600型テンダー式蒸気機関車
9600型テンダー式蒸気機関車
国産初の大型機で1913年(大正2年)より製造、その扱いやすさやから永く広く用いられた

畑 定良氏は、旧国鉄の工機部門(現JR北海道 苗穂工場)で鉄道車両の保守、整備に従事されていたそうです。入社して何年かはハンマ、たがね、ヤスリしか持たせてもらえず、「一日中やってるとフラフラになって、誤ってハンマで手をやっちゃうときの痛いのなんのって…」と、それは辛く厳しい仕事だったようです。

社名である「テンダー」という命名の起源は、炭水車を従えた蒸気機関車をテンダ(TENDER)式機関車と呼ぶことからきていて、畑さんは中でも特に当時の筆頭花形の大型機、「キューロク(9600型テンダ式機関車)はよかったなあ」と言っていました。
このテンダー式機関車のTENDERの語彙は「介護する者」「身の回りの世話をする人」「付き人」といった意味で、世の人々をアシストさせて欲しい!というテンダー社の社是を表したとも言える命名です。余談ですが畑さんの所属していた旧国鉄工機部内では自分達の奥さんのことを「ウチのテンダーがネ…」と言っていたそうです。

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生魚にとって、竹以上に良い素材は見当たらないんだよ。

テンダービク
テンダー社のビクは
バネやちょうつがい等、全てのパーツがオリジナルです。

テンダー社のビクには冶金、プレス板金、鋳造、鍛造、木工、竹工、金属、樹脂、工程、能率など、多岐に渡るプロの工業的知識と経験、合理的で柔軟な発想、造形センス、そして釣り師としての畑さんご本人の経験が反映されています。ビクはバネやちょうつがいにいたるまで、すべて彼の手で生産されました。既製のパーツでも良いのでは?と思いきや、それには単なるこだわりではない理由があることを、訪ねる毎に話して頂きました。

カゴの部分は、
魚を入れるだけだったら、袋状のものであれば布やビニールでも何でも良いんだ。だけど生魚の鮮度を保つとなると、竹以上に良い素材は見当たらないんだよ。
と畑さんはおっしゃいます。

発売以来三十余年、外観は変わっていませんが、毎年どこかに改良が加えられ進化しています。使っていてその作者の人と成りを知ることのできる確固たる道具です。

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私は壊れないものを作った。

竹かごは一度どこかが破損すると全体のバランスが壊れ、そのまま使っているとしまいにはバラバラになってしまいます。通常日用品として作られている竹籠は、厳密には寸法や形が、所謂一品一様なため、修繕には相当の手間と時間が必要とされます。

対して、テンダー社のビクは、各パーツの寸法が統一され、型を用いて作られている上に、補修、修理の手順や効率までも考えて組み立てられているため。30年前のビクでも破損部を差し替えることで、迅速に生まれ変わることが出来ます。テンダー社のビクの耐用ポテンシャルは、住宅や設備、生産機械、交通車両等と同レベル、いわゆる業務用、プロ仕様で、長期の酷使に供する事を前提に作られています。

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くれぐれもケガだけは気を付けて…

畑さんはお会いするたびに、
くれぐれもケガだけは気を付けて…
とおっしゃいます。

テンダー社のビクは釣り人の安全も考慮されています。

使われる環境を考えてごらん!角が一寸でも岩角に引っかかって、バランスを崩したら釣り人はどうなると思うかい?ビクを作ると言うことは、それを使う釣り人の命を預かる事と同じことなんだよ。
と畑さんは言い切ります。

カゴは竹材に加え金属部品で強化されて組まれています。又、転倒時などにはクッションとなる弾力を持っており、さらにそれ以上の力が加わった場合には持ち主の身代わりとなって壊れてくれる(クラッシャブル)適度な剛性を持っています。畑さんいわく

ガチガチに頑丈なモノはそれを身に着ける者にとっては時に凶器になるんだよ。』と

外観は四角いカゴですが、角は丸く仕上がっている他、外側はエルゴミカルな膨らみを持ち、片や体に接する側は凹面になっているなど、すべてが微妙なアールで構成されています。体にぴったり添うため、使用時にぐらついたり、極端に出っ張ったりせず、釣り人は違和感無く携行できます。カゴの上部にはエサ箱(ルアーや毛鉤などの小物を入れでも)がカプラでしっかり連結されており、魚入れとエサ入れを一纏めに。また、高巻きの途中でビクが逆さになったり、流れの中で転倒しても獲物を失わないように、魚の入れ口にはステンレスの落とし込み蓋がついてます。竹カゴの内側は、指にも魚にも引っかかるところが無く、竹の特性(水切良、防腐、殺菌、消臭)と併せて魚の持ちは万全。釣行後もさっと水洗いするだけで、いつも清潔。匂い等一切出ません。

いずれも永年の釣り師としての苦い経験や教訓から創られたもので、渓流釣師の最高のパートナーになることを願って作られています。

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これには値段以上のいろんな福利がついてくる…

テンダー社のビクは高額です。多くの方が値段を聞いて先ず高いと感じると思います。私もビクごときに5万も6万円も… と思ったものです。最初、量販店などでシーズンになるとワゴンに並ぶような物を買って使ってみると、使い難くてどうにも釣りがしづらい。やがては直ぐに壊れてしまったり、という経験をされる方は少なくないと思います。結果、ビクなんか提げて釣りができるか!となる訳で、所詮飾り物とお荷物扱いされたり、竹カゴなんていずれ壊れて使い捨てる物なんだと…。竹ビク(竹魚籠・竹魚篭)に対する多くの方の期待値はそんな所ではないでしょうか。

ところが、ビクを前に畑さんはこんなことをおっしゃいました。
渓流をずーと続けていくなら… これには値段以上のいろんな福利がついてくる…
意味は使って行くうちに一つ一つ納得できました。今ではリーズナブル(理にかなった)なものだったと思っています。

釣具屋の主人が言っていた「貴方は釣竿に何年でいくら投資してますか?」という問いかけを思いだします。私のビクというものに対する期待値は、テンダー社との出会いで、まったく異質なものになりました。

 

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情報や、状況をよーく観察し、理解すればアイディアは浮かんでくる。

テンダー社の製品楕円リール
楕円リール・商品名「エリプスリール」(実用新案)スプール脱着、ロック機構つきのスーパー69(写真下)は当時450円で販売されていた。
畑氏の起案、設計でこの樹脂成型もテンダー社の工房で製作された。

畑さんが中国戦線に赴いていたときの話で、戦車か高射砲の窓のフードが何かの拍子で取れてなくなってしまったのを、現地で即席の炉を作り新たに鋳造した。これが部隊内で元々のものより具合がイイ!と評判になったそうです。「上官には睨れたヨ!!」と畑さんはペロッと舌を出して茶目っ気たっぷりに笑っていました。

テンダー社の多くの器工具は大型のプレス機や電動機以外、全て畑さんの手によって作られてきたものです。

刃物や専用工作器具の鋼材はすべてテンダー社の工房で、畑さん自身の手によって、焼き入れ、鍛え上げられました。畑さんは電気炉や温度計は使いません…「木炭と耐火粘土、練炭コンロにブリキの煙突を付ければ900度以上行ける。」と言ってやってしまいます。更にに赤めた鋼材の色で丁度いい具合を判断することが出来ます。「焼き入れ」も「焼き戻し」もその加減を五感で判断できるプロです。
ステーキ屋でプロが焼いた肉は旨いですよね。畑さんはそれと同様に、鋼材の硬度を体験的にコントロールできる。様々な鋼材、はたまた非鉄金属を扱うプロです。

ビクに押された"TENDERマーク"の焼き印は畑さんが秋川で釣ったヤマメを洗面器に入れて観察し、畑さんのデザインで畑さん自身の手によって鋳型が作られ鋳造された物です。

また、一般に入手できる汎用工具では何倍もの時間が掛かるところを専用工具や治具を作り、工程、工順をリストラクションすることで解決してきました。

専用工具・治具とは、工人の望みに適った結果を得るために自ら作り出すモノです。また、それらは必ず消耗し、調整と再製作が必要です。そして絶えず工人の望みが反映され改良、改善され進化して行くモノです。

畑さんの金切りハサミ(ブリキハサミ)は自然と真っ直ぐに切れる。逆に曲がらないのです。
ある日、「あのねえ。日本一のはさみの使い手は誰だか判るかい?」と聞かれ、困った顔を向けると、「床屋ダヨ!」と言うのです。畑さんはその日本一の床屋を新聞で知り、訪ねたそうです。
「よーく見てごらん」と見せてくれた彼のハサミは真っ直ぐ切れるように研ぎ出してありました。

情報や、状況をよーく観察し、理解すればアイディアは浮かんでくる。ビクに限らず、柔軟な発想があれば何でもできるんだよ。

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畑さんと…

“TENDER”マーク

私が故人の納骨を前に未亡人の畑夫人から伺ったところ、2007年6月、畑 定良氏が没して程なく、“テンダービク後継者”を名乗る男がテンダー社のビクのマークの印刷された名刺とともにテンダー社に現れ、故人の仕事(ビク)関係については一切解らない夫人に対し、「ここにあっても仕方ないでしょうから、私が代わりに処分しておきます。」と言ってテンダー社の器具・工具を持ち出して行ったそうです。

主無き工房からは、今やもう何も生まれることはありません。そして、持ち去られて主無き工具もただの駄工具になってしまうことを危惧します。工具にはその主、工人の望みが反映されているからです。

畑さん亡き後、“TENDER”マークを付け、テンダービクと称したものが出回りはじめたと仄聞します。畑さんが心血を注ぎ、築きあげた“TENDER”マークに恥じないものであることを祈るのみです。

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