第1回


第1回は感動ゲーム好きなら知らない人はいない
「AIR」神尾観鈴

人と遊ぶことに誰よりも執着し、友達をつくることにこだわり続ける少女。
ある夏、旅生活をする青年に話しかけたことにより、彼女のとりまく環境は大きく変化していきます。
彼女は人なつっこい笑顔の裏で計り知れない悲しみを抱いていたのです。

彼女の生き様に触れて涙が枯れるまで泣き続けた者、ショックを受けてしばらく鬱状態になった者多数。
過酷な運命を背負いながら、決して周りに当たらない前向きな姿勢が多くの人達に感動を与えました。



以下ネタバレ感想(本ゲーム未プレイのヒトは読まないようにしてください。)









第1回は感動キャラを語る上では避けることのできない
「神尾観鈴」嬢

おそらく悲劇性の面において彼女を超える登場人物は同会社の新作以外にはないとまで言われています。
以前「月宮あゆ」(Kanon)が私達に大きな衝撃を与えた時に言われたように・・・。

彼女は「悲劇のヒロイン」としての要素をほぼすべて兼ね備えていました。
・呪われた過去。
・泣き出す発作のために誰にも(家族にさえも)うち解けることができず、孤独な生活をおくる。
・せっかく心を許しあえる相手に巡り会えながら、その相手を傷つけてしまう。
・大切な人間を失う。
・記憶喪失。
・不治の病。
・闘病生活。
・愛する者の目の前で・・・。

これに「逆境に立ち向かうあがきと挫折」「孤独な死」が加わっていたら、すべて披露していたことになるでしょうね。

最終的に彼女は最も辛い道を選択し、永遠に引き継がれていくはずの呪いを断ち切りました。
彼女が選ばれた理由は特にありません。
特別な能力があるわけでも特別な血筋でもなく、ただ生まれながら持ち合わせている運命でした。
ですから彼女は運命から逃げることはできなくても、もう少し楽な道を選ぶこともできました。
そもそも彼女にはそうする権利があったはずです。
しかし彼女は理不尽な運命をあるがままに受け入れ、悲劇を自分の代で断ち切りました。
この自己犠牲が多くの人間を感動させたのは事実です。
ただ人間としての存在感が希薄だと思わせる一因にもなっていました。

もう少し誰かにこの理不尽さをぶつけることがあっても罰は当たりません。
彼女に「逆境に立ち向かうあがきと挫折」があれば、もう少し彼女を身近に感じられたのではと思わせる部分もありました。
特にAIRシナリオではどちらかというと母「晴子」に感情移入していましたから。
ただあまり感情移入するとますます深みにはまってしまいますので、この辺りがちょうど良かったのかもしれませんが。
またこの点については母「晴子」を記憶喪失で忘れることにより、無言の抗議をしていたとも言えますしね。

そもそもあの記憶喪失は更なる過酷な運命に対する防御反応とも考えられます。
本来はあらゆる苦痛を忘れて無に突き進むはずだったのかもしれません。
不幸なことに晴子への想いが記憶を呼び覚ますことになり、正常の精神のまま耐え難い苦痛に身をさらす結果になりましたが・・・。

一番泣けたところは文句なくラストの観鈴のピースでしょうが、
個人的には
母「うち、そんなに悪いことしてきたんやろか・・・。
  昨日までは、ずっと晴れてたやん・・・。
  なんで今日に限って、こうなるんや・・・。
  あの子、ごっつ頑張ってるやん・・・。
  うちが、幸運吸い取ってしもとるんかいな・・・
  な、どう思う?」のセリフ以降のシーン。
中止と分かりきっているのに、最後の望みをかけて夏祭りの場所へ行く晴子と観鈴。
案の定祭りはやっていませんでしたが、小さな奇跡が起こります。
ほんの些細な奇跡でしたが、二人の心を満たすには十分なものでした。
ただそれが最後の奇跡となってしまうのですが・・・。
奇跡の扱いはこのぐらいがちょうど良いと思います。




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